超音速プラズマジェットを用いた鉄鋼材料の迅速窒化処理

共同研究先:大阪大学(1998.4-2007.3)、大阪工業大学(2007.4-)

1. 緒 言 
  窒化処理は、鉄鋼材料の機械的性質、耐食性を向上させる表面改質技術であり、近年は蒸着膜をコーティングする基材の表面硬化プロセスに用いられるなど、応用範囲は現在も拡大している。しかし、現在主流を占めているイオン窒化法は、処理時間には数時間を要し処理後の試料表面に脆化層が形成され易く、表面に脆化層を形成しないラジカル窒化法も、高密 度なラジカル生成するプラズマ源が存在しないため、イオン窒化よりも処理に長時間を要す るのが現状である。本研究では、表面に脆化層を形成しない迅速窒化法の開発を目的として、 DC アークジェットを低圧環境下で超音速断熱膨張させた温度非平衡プラズマジェット(以 下、超音速プラズマジェット)を用いた鉄鋼材料の低温迅速窒化処理を行うとともに、反応 素過程解明のためのデータベース構築を目的とした、発光分光法による超音速プラズマジェ ットのプラズマ診断を行う。

2. 実験方法
  窒化処理装置は、図1に示すように減圧プラズマ溶射装置に準じた構造を持つ。作動ガス にはH2/ N2 混合ガス(混合比1/3、流量12.8 SLM)、基材にはSACM645 鋼板を使用し、チャ ンバー(反応室)内圧力50Pa で5分間窒化処理(基材へのプラズマ照射)を行った。また窒 化処理温度は、窒化距離(プラズマトーチ先端−基材表面間距離)を変化させることにより 制御した。なお超音速プラズマジェットは、チャンバー内に放出される際に不足膨張ならば、 衝撃波が発生し(図2a)ラジカルの輸送に支障をきたすので、適正膨張(図2b)する様プ ラズマトーチ先端にラバルノズルを取り付けている。


図1 超音速プラズマジェット窒化装置の模式図図2 超音速プラズマジェットの概観
(チャンバー内圧力:800Pa)


3. 実験結果
  窒化処理温度1273K で窒化処理を行ったSACM645 鋼の光学顕微鏡による断面観察結果を 図3、同じ試料のビッカース硬さの深さ方向分布を図4に示す。わずか5 分間の窒化処理で 厚さ50μm の表面改質層が形成されており、またこの表面改質層は著しい硬化(>400Hv、 表面硬さは1000Hv)が起こっていることがわかった。表面改質層成長速度は、窒化処理温度 の低下に伴い低下するが、窒化処理温度873K の場合でも厚さ10μm、表面硬さ1000Hv の表 面改質層が形成され、本プロセスの低温迅速窒化処理法としての実用性を示唆する結果が得 られた。また、窒化処理を施した試料の表面に脆化層が形成されず、表面形態も窒化処理前 の状態を維持していたことから、本窒化処理がラジカル反応を主体として行われているもの と考えられる。この考えは、発光分光法による本プラズマジェットの診断結果にて、放電室 内部で形成されたNH ラジカルが基材まで輸送されていることが確認できている(図5)こ とからも裏付けることができる。


図3 窒化装置を施した試料の
断面の 光学顕微鏡写真
  図4 窒化装置を施した試料の
  ビッカ ース硬さの深さ方向分布


a) プラズマトーチ(ノズル部)b) プラズマトーチ−基材間
図5 発光分光法によるプラズマトーチ内部(ノズル部)およびプラズマトーチ−基材間 におけるプラズマ粒子の温度分布*
(*出典:Tahara et al, IEEE Trans. Plasma Phys.)


4.結 言
  超音速窒素/水素プラズマジェットを用いる事により、処理温度1273 K で50μm、873 K の場合でも厚さ10μm の硬化層が形成され、本プロセスが鉄鋼材料の迅速窒化処理を行う上 で有用である事を示唆する結果が得られた。また窒化処理後の試料表面は処理前とほぼ同じ 形態を維持しており、プラズマ診断の結果NH ラジカルの存在が確認されたことから、本プ ロセスの表面硬化はNH などのラジカル反応によるものと考えられる。


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