大学産直野菜・奮戦記

 トマトやキュウリなど多くの野菜が一年中食卓を賑わすようになり、「旬」という感覚が薄れてしまいました。季節外れの時期に出回るこれらの野菜は、栽培ハウスや野菜工場で栽培されます。栽培ハウスや野菜工場は、無農薬栽培に向いていて食の安全と安心に寄与するメリットがあり、また農業に従事する後継者難、低い食糧自給率など、日本農業の深刻な問題の有力な解決策の一つとして期待されるところは大きいです。しかし暖房や冷房をしながら野菜を栽培するのは、化石燃料を消費し、地球温暖化に起因する炭酸ガスの排出にも繋がります。
 30年以上前から趣味として畑仕事を継続し、現在は100坪以上の畑(宅地としての固定資産税を払っておりますので、野菜を購入した方がよほど安いのですが)で多くの作物を栽培して楽しんでいる私は、暖房や冷房をせずに自然のままにできたものを食べれば良いと思ったりしているのですが。
 このように考えている私のところへ、昨年春、群馬県産業支援機構のコーディネータをしている友人から、「夏場に冷房しながら葉物野菜を作る1400坪の有機栽培ハウスの空調負荷シミュレーションをして欲しい」という研究依頼がありました。これは科学技術振興機構の地域研究開発促進拠点支援(RSP)事業に位置付けられ、5年に亘り行われる事業の最終年度とのことで、既に有機栽培の栽培技術などは他の研究者によって研究がなされておりました。しかし、空調負荷のシミュレーションについては、引き受けていただける研究者がなく、最終年度になってしまったとのことでした。
 工業大学の総合研究センターに籍を置く者としては、野菜栽培は畑違いの感がありますが、空調機器の容量や空調負荷計算となると、長年企業で空調機のエンジニアを経験したキャリアがある訳ですし、さらに畑仕事30年のキャリアを有効に使える面白いテーマに思えました。今までと違うテーマに進出する良い機会であると考えて、このテーマを受け入れることにしました。
 「有機栽培ハウスの最適空調システムの探索と実験的研究」のテーマで登録し、2005年6月24日に受託研究契約をしました。2006年1月31日までの7ケ月間の短期決戦です。私にはコンピュータで空調負荷のシミュレーションをするような力を持ち合わせておりませんので、これはいただく研究費を使って外注しようと当初は考えておりましたが、当大学の建築学科のK・M先生に相談しましたところ、このテーマに興味を示されて卒業研究のテーマとして取り上げていただくことになり、更に新しく4月から赴任されたT・M先生にシミュレーションをしていただくことになりました。研究代表者は私ですが、先生方二人に卒業研究の学生二人、更に企業OBで昔一緒に仕事をしたことのあるS・N君にも加わってもらい、素晴らしい共同研究の陣容が整いました。
 1400坪の栽培ハウスの空調負荷シミュレーションをするにしてもデータがありませんので、まず実験用の栽培ハウスを大学構内に建てることにして、36平方メートルの軟質フィルムハウスを造りました。夏場の試験のため、大至急で発注し、ハウスは7月24日に完成しました。その後電気や水道の工事をし、換気扇や冷房機を据え付け、架台や土を入れたプランター、散水設備を整えました。またハウス内外の各部の温度や日照の測定のためのセンサーを取り付け、自動的にデータ収集ができるようにしました。もろもろの準備をしてデータが取れるようになったのは8月のお盆からでした。この間40度を超えるハウスの中の作業は大変でした。
 換気だけのとき、換気と冷房をしたとき、換気と冷房しながら野菜を栽培したとき、何もしないときなどと、いくつかの条件を変えて、ハウス内の熱環境性状の実測と冷房機の消費電力量の計測を行いました。小松菜や、ホウレンソウの種蒔きをしたのは9月に入ってからになりました。収穫は夏場を過ぎてしまいましたが、無農薬の葉物野菜が収穫できました。これらは大学産直の野菜として、大学内で常日頃お世話になっている方々に差し上げました。露地栽培の農家の方が自分のところで食べる野菜は、出荷するのと違うところで農薬を少なくして栽培していると聞いたことがありますが、大学産直の農薬を全く使わない無農薬野菜ですので、皆さんから喜んでいただきました。
野菜の出来具合についてはまずまずと思います。小松菜やホウレンソウの後にはチンゲンサイや春菊を栽培しました。研究はハウス内の熱環境性状と空調負荷です。実測の結果は卒業研究の学生さんが先生方の指導の下に12月末にはまとめてもらいました。実験用ハウスの空調負荷のシミュレーションはT・M先生にしてもらい、実測値とシミュレーション値がほぼ近い値として得られましたので、1400坪の栽培ハウスの空調負荷と電力消費量のシミュレーションをして、研究としてまとめました。これらを2月のパネル展示や3月の成果報告会で発表し、3月20日までの報告書提出に間に合わせました。この間は他の研究と重なり、近年に無い大忙しでした。
日照の入る栽培ハウスで夏場に冷房しながら葉物野菜を栽培するのは、ハウスの夏場の有効利用には繋がりますが、やはり冷房機の電気代は大変です。日照を入れない人工光のハウスでは電気代はどうなるのか、石油の値段が大幅に上がってしまった現在は、夏場のことより冬場の省エネルギーをどうするかなど、研究の依頼も来ています。この分野に足を踏み入れましたので、直ぐ止めるという訳にもいかず、暫くの間、奮戦は続きそうです。